老子の「今を生きる」は、ラジオの生放送のことだった。
「今を生きる」っていう言葉、いろんなところで耳にします。
「今この瞬間を大切に」 「今を生きるマインドフルネス」 「瞑想しよう」
でも、どうしても思ってしまう。
え、わたし、普通に今呼吸してご飯食べて生きてるんですけど。 他のみんなも生きてるし。 なんで「今を生きてない」みたいな扱いなんだろう?
「それってあなたの感想ですよね?」って言いたくなる感じ。笑
でも、中国の哲学者・老子の教えを読んでから、その意味が自分のなかで腑に落ちた瞬間があったんです。
今日は、その話を書きます!
老子の名言:あなたは「いつ」を生きていますか?
まずはこの言葉から。
もし落ち込んでいるなら、あなたは過去に生きている。 もし心配しているなら、あなたは未来に生きている。 もし平穏を感じているなら、あなたは今を生きている。
落ち込み = 過去に生きている
心配 = 未来に生きている
平穏 = 今を生きている
つまり「いま心がどこにあるか」を、感情で見ればわかるってことなんですよね。
老子の世界観:人生は、川の流れ
老子の考え方には、こんなのがあります。
人生とは、川の流れのようなもの。
川の流れに身を委ねるのが、いちばん心地よくて、自然で、抵抗なく前に進める。
ここで、わたしのなかで急に絵が浮かんだんです。
過去に執着するのは、川の流れに逆らって、上流に戻ろうとする感じ。
「先週ちょっとあの人と言い合っちゃったな……気になるから、先週の場所まで戻ってみよ」って、川の流れに逆らってバシャバシャ泳いでるみたいな。
明らかにキツい。 明らかに進まない。
未来の不安に振り回されるのは、川の流れより全力で速く泳ごうとする感じ。
「10年後どうなってるかな……不安すぎる!とりあえず急ごう!」って、ちゃんと流れに乗ってるのに、勝手に必死で前に行こうとしている人。
これも普通にキツい。
老子は、こう言ってる気がする。
そんなに焦りなさんな。流れに任せたら、ちゃんと前に進むんやから。
ちなみに、美空ひばりさんの「川の流れのように」の作詞は秋元康さん。
秋元さんも、老子が好きな可能性が浮上です!!!(知らんけど)
わたしの「過去にしがみつく」恥ずかしい記憶
過去を引きずって、今を楽しめなくなる感覚。 わたしにも、めちゃめちゃあります。
ある日、仕事現場に向かう途中、すごく急いでいたとき。
駅で、見るからに大ベテランの、立派な体格の、おじさまの駅員さんに道を聞こうとして、
「お母さん!!!」
って、大きな声で呼んじゃったことがあるんです。
え、お母さん????
その瞬間、駅員さんは「俺のこと?」みたいな顔。
周りの人たちも「えっ、あの人、お母さんって言った……?わけあり???」みたいに一斉にこっちを見て。
自分の声が駅構内にきれいに響き渡ったのを、今でもはっきり覚えています。(そんなことどうでもいいから自分急いでますとも思ったし、どうでもよくないほどに人に見られてるとも思った)
これを川の流れで言うと、
「その日の駅にちょっと戻って、もう一回挨拶し直していい?」って言いたくなるイメージかなぁ。
でも、戻れないんですよー!過去は、変わらない。
老子的には、
過去は変えられないものとして受け入れて、今の自分の土台にしてしまえばいい、らしいです。
そう聞くと、お母さん事件もちょっと土台にできる気がしました。
考え方によっては、「お母さん」って大声で叫べる勇気がある人間なんですよ、わたしは!!!
未来の心配で、レオナルド・ディカプリオを見逃す問題
過去だけじゃなく、未来の不安も同じです。
未来は、誰にとっても予測不可能。 予測しようとしてもできない。
なのに過度に心配すると、今この瞬間にある幸せが見えなくなる。
老子の教えを読みながら、思わず想像してしまった図がこれ↓
隣に昔のレオナルド・ディカプリオが座っているのに、それに気づかないくらい「10年後どうなるんだろう……」って悩んでいる人。
(「昔のディカプリオ」って言い方が失礼かもしれないので、今のディカプリオでもOKです。でも昔のディカプリオのほうがいいと思う)
ちょっと笑える話に聞こえるけど、こういうこと、わたしたち、けっこうやってます。
目の前にある「今の幸せ」を、未来の不安で全部かき消してしまう。
ディカプリオが横にいたら、まずディカプリオを見ましょう。
ラジオの生放送が、わたしにとって最高のマインドフルネスだった
わたしはフリーアナウンサーとして11年仕事をしてきました。
その中でも、ラジオパーソナリティとして自分の番組を担当させてもらってたんですが……気づいちゃったんです。
ラジオの生放送って、最高にマインドフルネスだったんじゃないか?
ラジオの生放送は、オンエア時間が来たら、有無を言わさず始まります。
「あ、ちょっとまだ気持ち切り替えられないので、もう少し待ってもらえますか」 は、ぜーったい通用しません。
始まったら、もうやるしかない。
しかも、生放送中にちょっとミスしても、
「あ、ミスった……どうしよう……」なんて落ち込んでいる暇は、ありません。
次!次!次! で、進めるしかない。
不思議なんですけど、
放送が始まる直前まで、プライベートでめちゃくちゃ落ち込んでいたとしても、 オンエアが始まった瞬間、
頭の中から、本当にきれいに、オンエア以外のことが消えるんです。
明日の心配。 来年の不安。 10年後の自分。
ぜんぶ消える。
曲を紹介しながら「明日どうなるんかなあ……」とか考えるラジオパーソナリティいません。
目の前のオンエアを無事にやり遂げる。それだけしか、頭にない。
(というか、そうしないと生放送でかなりのミス連発が確定してしまう)
これはまさに、老子が言っている「今を生きる」そのものだったんだと、今になって思います。
「なんとかなるな」と思えた、放送後のあの感覚
これがいちばん不思議だったんですけど。
放送が無事に終わった瞬間、
さっきまでわたしの中にあった「不安」が、嘘みたいに消えてたんです。
「あれ、生放送なんとかなったし…… じゃあ他のことも、なんとかなるんじゃない?」って、なぜか思えて。
過去にも未来にも頭を使わず、目の前のことに全力でぶつかった結果、 心がきれいにリセットされてる。
「今ここ」にハマる時間を持つ
「今を生きる」と聞くと、なんか瞑想とか、特別な習慣を始めなきゃいけない気がしてしまうけど。
老子的に言うなら、シンプルに
過去のことも未来のことも気にならないくらい、目の前のことに集中する時間を持つ。
それだけで、「今を生きる」感覚はちゃんとつかめます。
それは、料理に没頭しているときかもしれない。 子どもと遊んでいるときかもしれない。 仕事で締切ギリギリの資料を仕上げているときかもしれない。 カラオケで全力で歌っているときかもしれない。
そういう時間からふと顔を上げたとき、
「あれ、わたし、何を悩んでたんだっけ?」
って、過去と未来がちょっとだけ薄ーくなる瞬間が来る。 それで、十分!
けせらせら、なるようになる
(↑たしか高知で撮影した川です。)
人生は川の流れ。
過去にしがみついて、岸辺の藁を必死に握っていなくていい。
未来を見すぎて、流れより速く泳ごうとしなくていい。
ただ、流れに身を委ねて、今を生きる。
なんだかんだで、本当になんとかなるものですよね。ああ人生。
けせらせらでございます。
今回も少しでも参考になればうれしいです。きみに幸あれ!
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ディカプリオに会いたいな🐢
たしかに料理に集中した後って、なんかアタマスッキリンコ!な感覚あります〜😊