「ほこりが舞う」を発明した人を、わたしは尊敬している。
「ほこりが舞う」って表現が好きです。
最初にこの言葉をひねり出した人、誰なのか知らないけど
わたしは、その人のことを尊敬しています。
だって、ほこりは本来、ぜんぜん嬉しくないやつじゃないですか。
舞っていたら、ふつうは「掃除しなきゃ」案件。
でも、最初にほこりに舞うを当てた人、その人はたぶん見たんです。
陽の光に照らされて、宇宙みたいにキラキラ漂うほこり。
無数の小さな粒が、光の中をふわふわ揺れている、あの神秘的な景色。
「ほこりが舞う」という一言が発明された瞬間、ほこりはもう嫌なものじゃなくなって、ちょっと美しい、星のかけらみたいなものになる。
これは、もはや日本語史に残る発明だと、わたしは本気で思ってます!!!
今日は、その人を尊敬する気持ちと、ついでに「舞う」という日本語の天才性について、わたしの最近の気づきもまじえて書きます。
そもそも、「踊る」と「舞う」は別物でした
そもそも「舞う」は、「踊る」と似ているようで、ちゃんと違う言葉です。
辞書を引くと、こう書いてあります。
「踊る」 = 跳びはねるような、上下方向の動き
「舞う」 = すり足で移動するような、水平方向の動き
つまり、ぴょんぴょん上下に弾むのが「踊る」、すーっと水平にすべるのが「舞う」
たしかに!!!
K-POPのキレッキレのダンスを見て「舞う姿が美しいですね〜」って言うと、なんか違うじゃないですか。
逆に、クラシックバレエの白鳥の場面で「めっちゃ踊ってますね!」って言ったら、急に体育館の発表会感が出ちゃう。
司会の現場で、ちゃんと使い分けていました
わたしはフリーアナウンサーとして11年仕事をしてきました。
イベント司会の現場で、いろんなダンスパフォーマンスのMCも担当してきたんですが、振り返ってみると、
J-POPやK-POPのときは「踊る」
クラシックバレエや日本舞踊のときは「舞う」
ほぼ無意識に、ちゃんと使い分けてたんですよね。
日本語は、こういうところが繊細でかっこいい。
「舞う」って一言入るだけで、その舞台の優雅さが2割増しになります!
日常にも「舞う」は転がっている
「舞う」は、舞台のためだけじゃない。 日常にめちゃくちゃ転がっています。
雪が 舞う
桜の花びらが 舞う
お正月の凧「舞い上がれ〜!」
雪も、ふつうに「降る」でもいいのに、「雪が舞う」って言いはじめた人も、もう天才なんだよな。 天気予報が、急に絵画になりますからね。
ちなみに、うちの炊飯器、妹が結婚祝いにプレゼントしてくれたんですが「炎舞炊き」っていう商品なんですね。
「炎舞」って名前を聞いた瞬間に、ゆらめく炎と、お米の粒が炊飯器のなかで優雅にひらひらしている絵が浮かびません?
「強火で炊きます」じゃなくて、「炎が舞います」
名づけた人、ほんとうに感性がすばらしい。
毎日お米を食べながら惚れ惚れしています。
わたしの中のMVPは、やっぱり「ほこりが舞う」
雪も桜もキレイなものだから、「舞う」を当てるのはまだわかるんです。
でも、ほこりですよ?
誰がどう見ても、ありがたいと思われがちなものじゃないし。
むしろ嫌がれられるやつだし。
そこに「舞う」を当てた瞬間、ほこりが、
ちょっとダンシングして愛しいものに変身する。気がする。
最初にこの言葉を発明した人は、おそらく、世の中の見え方そのものが、わたしとちょっと違ったんだと思います。
孔子も、同じことを言っていました
中国の哲学者・孔子の名言に、こんなのがあるそうです。
すべてのものに美しさはあるが、すべての人に見えるわけではない。
雪にも、桜にも、ほこりにも、炊飯器のお米にも、美しさはちゃんとある。
でも、それを見ようとする目を持っている人にしか、見えない。
「ほこりが舞う」と表現した人は、その目を持っていた人。
わたしが尊敬しているのは、その「見える目」そのものなんです。
忙しい朝、自分は何を見ていないか問題
正直、反省がたくさんあります。
朝、めちゃくちゃ忙しいとき、わたしの頭の中はだいたい↓
「あー、やばい、時間遅れる」
「AirPodsがない!!!」
「リップクリーム、どこ行ったっけ」
「あれ、スマホは?さっきここに置いたよね??」
窓の外を、雪が舞っていても全然気づいてない。
「いま雪、舞ってない?!」
「いや、それよりリップどこー!!!」
そういう日は、わたしの心に余裕がない日。
余裕がないと、目の前の美しさはぜんぶスルーされてしまう。
「ほこりが舞う」を表現したあの人は、きっとこういう日のわたしじゃなかったはず。
島に移住して3年。森の葉の色が、やっと見えはじめた
わたしは今、島に移住して3年になります。
家のとなりが、森です。
正直に言うと、移住したばかりの頃、夫から
「あの山、最近どんどん色が変わってきたよね」
って言われても、わたしはいまいちピンと来てなかったんです。
「え、緑は……緑じゃない???」って思ってた。
でもこの前、ちょっと森を見たときに気づいてしまった。
わたしは、この若葉の色を、いま生まれて初めて見てるかもしれない。
みずみずしい、まだ柔らかい、ちょっと黄色がかったきみどり色。
そのすぐ隣に、深いみどり、その横に少し青みがかったみどり。
ひとつの森のなかで、何種類もの「みどり」が共存していて、 ひとつの木の中ですら、葉っぱ一枚一枚の色が、ぜーんぶ違う!
槙原敬之さん風に言うなら、「世界に一つだけの葉」
ナンバーワンよりオンリーワン、自然界からも感じてしまいました。
3年前のわたしは、この景色を、何百回も見過ごしていた。
すべて「心の解像度」の話だった
そう考えると、ぜーんぶつながるんですよね。
「踊る」と「舞う」の違いを知っているかどうか。
雪を「降る」じゃなく「舞う」と書けるかどうか。
ほこりに宇宙を感じられるかどうか。
森の若葉のきみどりに気づけるかどうか。
目じゃなくて「心の解像度」の話なんです。
孔子の言うとおり、美しさはもう世界中にちゃんとあって。
それを「ある」と認識できる感性を、自分の中にインストールしておく。
「ほこりが舞う」と表現した誰かさんみたいに。
それだけで、毎日の景色が、ちょっと豊かになります。
ほかほかのご飯に、カツオ節をかけてみてください
今日の夕飯、ほかほかのご飯やお豆腐のうえに、カツオ節をかけてみてください。
そして、じーっと観察してみる。
「ほーー……舞ってますねぇ……」
見えてくるはず。
食卓の上で、優雅にしなやかに、ゆらゆら揺れているあの小さなカツオ節たち。
雪も、桜も、ほこりも、若葉も、お米も、カツオ節も。
わたしたちの周りでは、毎日いろんなものが、ちゃんと舞っています。
それを「舞ってる」と思える人になれたら、人生は確実に美しくなる。
あと、「ほこりが舞う」と表現したあの人と、ちょっとだけ近づける気がしています!
今回も少しでも参考になればうれしいです。きみに幸あれ!
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うちも炎舞でした!!壊れましたが💦
炎舞って言葉、やっぱり炎柱を想像してしまいます。
お仕事柄、言葉のチョイスが素敵でついうっとり🤩 今回の記事も感性が✨
私は、自宅で埃が舞っているのは嫌いです笑
ただ、確かにあの光景は神秘的だなって思ってました。
人がどんな視点で物事を見るかで幸せの見方、捉え方も違いますよね。
昔の偉人の言葉も、引用されず知らなければそれで終わります。
自身の学びも大事ですし、
有能な方の演奏【記事を例え】に触れるのも大事かと思ってます。
私もスタエフやってるので、この後聞きにいきますね🗣️
Thanks a ton!!!
“心の解像度”という言い方、好きでした。
言葉は、世界を説明する道具というより、「何を見る人になるか」を決めているのかもしれませんね。
あと、「ほこりが舞う」を発明した人への敬意をここまで真顔で語れる文章、かなり好きです。読後に、小さな光の粒がしばらく残ります。