チロルチョコも買えなかった、月収5万時代のはなし。
わたしは、11年フリーアナウンサーをしていました。
スタートは、テレビの仕事です。
「テレビ」って聞くと、ちょっと華やかなイメージ、ありませんか?
全然まったくファンタスティックにそんなことないんです!!!笑
もちろん、最初から実力バリバリで仕事ができる人なら、また違ったと思います。
でもわたしは、運よく大きなオーディションに受かったものの、もともと話し下手のあがり症。
現場に出れば出るほど、自分の実力不足を痛感する毎日でした。
当然、レギュラーの仕事がいきなり増えるわけもなく。
フリーアナウンサーとしての本業の月収は、5万円。
いや、5万円いかない月も、ずーっと続いてましたね。
まず、「バイトすらできない」という壁
「じゃあ、バイトを頑張ればいいじゃん」って思うじゃないですか。
わたしも、めちゃくちゃそう思ってました。生活できるなら、どんなことでもしたかったです。泣
でも、業界の基本は【本業が最優先】
予定があろうと、プライベートで何があろうと、急に仕事が入ったら、とにもかくにも本業が先。
そうなると……バイトが入れられないんですよね。
本業の仕事は、前の日の夜に急に決まることもある。前夜にキャンセルできるバイトなんて、当時はなかなかなくて。
最初はもつ鍋屋さんで働いていました。
店長がわたしの夢を応援してくれて、シフトの融通もかなりきかせてくれてたんです。(もつ食べてほっぺたプリプリの優しい店長だった)
それなのに、本業がポンと入るたびに突然バイトをキャンセルすることになっていて。
本当にありがたかった分、店長に申し訳なさすぎて、もつ鍋屋は辞めました。
そうしてたどり着いたのが、深夜0時から朝6時の、単発の工場バイト。
単発なら、急に休んでも代わりがいるし、本業と時間も被らない。
よく考えたら、やりたい本業を続けるために、生活費を稼ぐバイトをめちゃくちゃ頑張る人生でしたね。
財布の中身が、20円になった日
出ていくお金は、それだけじゃありません。
フリーアナウンサーの毎月のレッスン代に、名刺に、自分のポートフォリオ用の写真撮影。
おまけに現場では、「服も靴もアクセサリーもコスメも買いなさい」「毎月のファッション雑誌は必ずチェックするべき」「美容室にも行きなさい」と言われる。見た目も仕事のうち、というお仕事ですからねぇ。
それぞれの現場への交通費もかかるし…
そんなことをしていたら、ある日、財布の残高が20円になりました。
20円ですよ!!!税込だと、チロルチョコがぎりぎり買えない残高です。
うちは母子家庭で、母も決して余裕があるわけではなかったと思うんですけど、それでもわたしの夢を応援してサポートしてくれてました。
でも、まわりの反対を押し切って夢を叶えようとしていた手前、自分から「助けて」とは言いづらくて。泣
だから、モットーはひとつだけ。
「本業に必要ないものには、とにかくお金を使わない」
そして始まる、食費の地獄(笑)
まっ先に削るのは、食費ですよねぇ。
当時は、ありがたいことに雑誌やウェディングドレスのモデルのお仕事もいただいていたんですけど、
それも生活を支えられるほどの大きな収入ではなくて。
それなのに当時のわたしは、
「まあ、痩せるからいっか」みたいな、かなり危ない考え方をしてました。
いや、今なら絶対おすすめしません。
本当にまねしないでください。
まず、わたし……もやしって、茹でるものだと知らなかったんです。
生のままかじり続けて、お腹をくだし続けるという地獄を過ごしました。アホですよねぇ。笑
かと思えば、キャベツだけを食べ続けて、体温が下がって風邪をひき続けた時期もありました。
本当に、まねしないでください。
小麦粉がまだ安かった頃には、水と小麦粉だけでパンを焼いて、現場に持って行ってました。
信じられないくらいガッチガチのパンが焼き上がるんですけど、
それを倉庫の影で、
「アルプスの少女ハイジも、こんなパン食べてたかも♪」
って、なぜかポジティブに食べてましたね。
イベントのお仕事でも、みんなは近くのお店でランチ。わたしはお金がないから、サッと食べられるものを、現場の倉庫の影に隠れて食べてました。
極めつきは、具なしパスタ。
事務所の子たちにも「あれこちゃん、それがお昼ごはん……?」って、心配される日々でした。
それでも、迷いはゼロだった
もちろん、体はきつかったし、お金の不安もありました。
でも不思議と「この道を選んだこと」への迷いは、なかったんです。
「絶対にわたしは夢を叶えるし、
この経験も、いつか自分の言葉で笑って話せる日が来る」
って、本気で思っていました。
で、のちのち、本当にこうして書けているのです!!!笑
今振り返ると、夢が叶った瞬間だけじゃなくて
そこに向かって必死でもがいていた途中にこそ、
たしかに大事なものがあったなと思います。
手放すのは怖いけど、またゼロから始めればいい
そんな時期を越えて、少しずつ仕事が増えて、
ありがたいことに、フリーアナウンサーとして11年続けることができました。
だからこそ、長い時間をかけて一生懸命築いたキャリアを手放すのは、本当に本当に本当に怖かったんです。泣
やめたらどうなるんだろうーーー!!!ってずっと思っていました。
でも、そこで気づいたこと。
何の実績もない、田舎育ちの芋っこ大学生だったわたしが夢を叶えた経験がある。だったら、また何かをゼロから始めることに、そんなに抵抗はないよなぁ。
やめることで実現させたい生活があるなら、
怖くても、次の形を作っていくしかない。
そう思えて、キャリアを手放して、勉強しながらSNSの仕事を始めました。
やってみたら、自分が本当にやりたいことが、改めて見えてきて。
今は、とてもやりがいのあるコーチングの仕事もできています!
やっぱり、ちょっと動いてみるだけで
見える景色や選択肢って、少しずつ広がっていくんですよね。
だから、もし今「手放すのは怖いけど、このままでいいのかな」って思っていることがあるなら、いきなり全部を変えなくてもいいので。
まずは、小さく試してみるだけでもいいと思います!
あなたが今、怖いけど少し気になっていることは、なんですか?
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とても心に響きました。
壮絶な経験を隠さず、それを今は笑いも交えながら伝えられている姿が本当に素敵です😊
苦しかった過去も、誰かの勇気に変えられるんだと感じました。ありがとうございます✨